「本当の自分」って何?自分探しの旅にとらわれることが有害な4つの理由

「本当の自分」や「自分探し」は世間でおなじみのテーマです。「本当の自分」でググってみれば、たくさんの書籍やウェブサイトが見つかるでしょう。 他にも「自分らしさを見つけよう」「他人と比較するのはやめよう」「子どもたちを見習おう」そんな言葉が溢れています。

どんな人にも「本当の自分」を定義する内なる核があり、その本質は絶対的に変わらないという考えです。性格タイプ判断や星占いなどもその典型でしょう。

もちろん、自分らしく生きること、自分の心に耳を傾けることは素晴らしいことです。でも、「本当の自分」に固執すると、その言葉がブーメランになって自分を傷つけたり、抑圧することもあるのです。この記事では、その理由を解説していきます。

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自分探しの旅にとらわれることが有害な4つの理由

1. 誰もが3つ以上の顔を持っている

人には3つの顔がある、と聞いたことがありませんか?「世間に向ける顔」「親しい友人や家族に見せる顔」「誰にも見せない素顔」の3つです。誰と一緒にいるか、どこにいるかによって、私たちは異なる役割を果たします。オフィスと家では違う役割を果たしていますし、一人の時もまた違う行動をとります。それはごく当たり前のことです。

もちろんオフィスにいる自分よりも、お風呂に入っている時の自分の方が「本当の自分」度は高い気がします。でも仕事もあなたの人生の一部です。様々な役割を担う社会的存在であるあなたも、あなた自身なのです。つまり私たちの性格や特性は周囲の人々との関係や役割によって変化していくものなのです。重要なのは、役割を果たしていることを意識すること、そして他人との関わりで生まれる自分を認めることなのです。

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2. 自我が本当の自分か?

私たちは、子どもたちの純粋さを羨ましく感じます。しかし、大人が子どものように振る舞うとそれはそれで問題です。感情にフィルターをかけずに出してしまったり、自我を押し通せば、単なるわがままや無責任になってしまいます。

自分に正直であることは、無礼や責任感のなさの言い訳にはならないのです。これでは「自分探し」で、家族との生活や人間関係が損なわれることになりかねません。周囲の人を傷つけてまで、本当の自分であることにどれほどの価値があるでしょうか。

 

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3. 誰もが特別である必要はありません

古代の教えでも「自分自身を知ると」ことは大切とされてきましたが、この言葉は本来、自分の不完全さを知ることを意味していました。人は完璧ではないのだから、欠点を含めて、ありのままの自分を自覚しなさいという意味です。でも現代では、人と違う「本当の自分」を見つけさえすれば、人生の幸福や仕事の成功が約束されているかのような言説がとびかっています。「他人と自分を比較せず、世界でひとつだけの自分であれ!」という具合です。

しかし、「本当の自分」でいようと努力するって矛盾ではないでしょうか?本当の自分であろうとするとき、あなたはまだ自分なのでしょうか?それに、一方では群衆の中で際立つ特別な個性をもつ存在であるべきであり、他方では周りに認められるべきなんて、これも矛盾ではないでしょうか。

自分がごくごく一般的な人間であることを認めることも、自分を知ることです。自分でいるために人と違う特別な存在でいなければならないということはありません。

On The Bakerloo

4. 自分探しはハムスターの輪の中にいるようなもの

本当の自分を探していると人は往々にして無限ループに陥ってしまいます。なぜなら「自分は何者なのか?」「何をしたいのか?」に答えをだすなら、どのような状況でも変わらない「自分」という確立した存在を仮定しなければならないからです。しかし、すでにお話ししたように、人の性格は数多くの矛盾から成り立っています。固定され、限定された自分の姿を作り出そうとするのではなく、もう少し柔軟な気持ちで世界を見つめてみましょう。

Expressive B&W

それでも自分らしく生きるために

これまで見てきたように、「本当の自分」であることに固執することは現実離れした考え方です。なぜなら、永遠に変わらない自分の核など存在しないからです。

しかし、自分らしく生きることはそれでも重要です。見栄を張って自分を装ったり、自分を否定して生きるべきではないのです。

では、どうすればいいのか。非現実的で自己中心的な自分探しの旅に悶々ととらわれるのではなく、「本当の自分」という概念を変えることが大切です。本当の自分とは、人が見つけて守らなければならない「内なる核」ではありません。自分を知るとは、人との関わりのなかで自分の強みを知ること、そして何よりも自分の弱みを受け入れることであり、他人との関わりや周囲の環境で自分という存在は柔軟に変わっていけるものなのです。

逆説的ですが、自分にとらわれすぎず、誰に対しても何かを演じる必要がない人が、最も自分らしく生きているように見えませんか?

 

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出典

nzz, markuscerenak, brigitte

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