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トリビア

昔の人たちの奇妙な習慣12選 7番目は頭を抱え込みたくなる

いつの世も世界各地の国や地域において、独自に発展した風習や文化がみられるものです。

しかし中には、後世振り返ってみるとかなり奇天烈なものや、むしろ悪影響を及ぼしかねないとんでもない風習も…。人体には無害でも使用には厳重な注意を要するものから、本当にヤバイものまで、当時は当たり前だった驚愕の文化・風習12を紹介します。

1. チョピン(Chopine)

チョピンとは15世紀から17世紀にかけてヴェネツィアを中心とするイタリア、及びスペインで用いられていた超ハイヒールシューズです。スペインでは主にコルク製の10センチ超えヒールを柔らかなヤギ皮で覆ったデザインが主流だったようですが、水の都ベネツィアでは、かなりエキセントリックな独自の進化を遂げます。当時栄華を極めたヴェネツィアではヒールの高さは25センチ以上が当たり前、中には74センチの超絶ハイヒールを履きこなす貴婦人もいたとか。

当然、自力での歩行は危険極まりないため、お付きのもののサポートが必須。実用性を度外視したチョピンは富裕層がステイタスを誇示する特権階級限定のシューズだったのです。ベルベットに金襴のブロードといった豪奢な装飾が施された絢爛豪華なチョピンは富の象徴であり、高級娼婦や貴婦人たちはヒールの高さと豪華なデザインを競い合いました。

2. ノッカーアップ(目覚まし屋)

18世紀半ばから1920年代末まで、イングランドやアイルランドの産業都市部では早朝から労働作業に従事する工場労働者に起床を促すノッカーアップという職業が存在しました。棍棒でドアをノックしたり、長い棒で窓を叩いたり、豆鉄砲を使い窓ガラスを撃って依頼者を起こしました。二度寝されないよう、依頼者が目を覚ましたことを確認するまで窓の下から立ち去らなかったそうです。

3. 男の子の服装

16世紀から1920年代までヨーロッパの一部の庶民及び上級階級では幼少期の男の子に女の子の服を着せるという習慣がありました。当時、幼少期に亡くなる子供は多く、特に乳幼児死亡率は男児のほうがやや高かったため、死神の目を欺くために、女装させたそうです。上流階級やブルジョワ階級では、跡取りとなる男児が無事に成長することは家の存続のためにも重要な課題だったのです。写真右端は姉達と同じようにドレスを着用したニコライ2世の息子アレクセイ王子です。一方、庶民の場合ズボンだと成長に合わせて頻繁に新しい服を準備しなければいけないから…というのが主な理由だそうです。

4. ありえないほどに不衛生

中世のヨーロッパにおいて「純潔」は宗教上重要なテーマでした。当時の人々は水は病気を媒介し、シラミは「神の真珠」であり、シラミだらけであることが聖者としての不可欠の印だと信じていました。もちろん、庶民に限らず上流階級も同様の衛生観念を持っており、コロンブスの新大陸進出を援助したことで知られるカスティーリャ女王イザベル1世は生涯で水に触れたのは結婚前と出産後の2回だけということを自慢していました。危険な水に接触することなく、おしろいと香水をたっぷり振りかけ身繕いすることは上流階級者の特権でした。

5. タバコ浣腸

18世紀のヨーロッパでは感染症や伝染病はタバコの煙で治療することができると考えられていました。アメリカ大陸からヨーロッパにタバコがもたらされると、頭痛や胃痙攣、呼吸器障害、婦人病に効果があり、気つけ薬としても有効な万能薬として医療で頻用されました。19世紀に入り、タバコの煙に含まれるニコチンの毒性が発見されたおかげで、この有害な治療法も忘れ去られました。

6. 剣闘士の血がてんかんに効く

古代ローマでは戦死した剣闘士の血はてんかんに効果があると考えられており、高値で取引されていました。当時、てんかんの発作は悪魔に取り憑かれ制御不可となった状態と考えられており、てんかん患者は藁をもすがる思いでこの「治療薬」に手を出していたのです。西暦400年に剣闘競技が禁止されると、死刑囚の血が代用されました。

7. ヘロインの咳止め薬

今となってはビックリですが、100年前ヘロインはモルヒネの代用となる無害な咳止め薬として薬局で販売されていました。子供にも使える副作用の少ない安全な薬だとされていましたが、1920年代、ヘロインによる耽溺性や依存性はモルヒネよりも強い事が判明し禁止されました。

8. 機内での喫煙

タバコの健康被害が認知される前、ほんの二、三十年前までフライト中に機内で喫煙することができました。長期フライトの場合、非喫煙者にはかなり厳しいものがありますが、機内の座席での喫煙はごく普通の光景だったのです。現在もイランなど一部の国では機内喫煙が認められています。

9. 海水浴専用馬車

19世紀のヨーロッパでは海水浴は特権階級に限られた娯楽でした。屋根付きの馬車でそのまま海に入り、全身を覆い隠す水着を着用し、人目を避けるようにして海水に浸かったのです。女性海水浴客の馬車は男性海水浴客の馬車から離れた場所に駐められたそうです。

10. 「大」の後は石でお尻を…

昔々、トイレットペーパーがなかった時代、人々はどのようにしてトイレ後の処置をしていたのでしょうか?葉っぱや植物、トウモロコシの皮、繭、羊毛、布地(特権階級限定)、棒に付けたスポンジ、水…今となっては涙ぐましい努力に思えるほど、昔の人々は様々な方法でトイレ後の処置をしていたようです。しかし、古代ギリシアではなんと石が使われていました!古代ギリシア人は小石や陶器の破片を用いてお尻を拭いていたとか。痛そう!

11. 痛風治療薬ジン

ジンは元々、医療目的で開発されたれっきとした医薬品でした。1660年、オランダのライデン大学医学部シルヴィウス教授フランシスクス・シルヴィウスが開発した「ジュニエーブル」がジンの起源とされています。痛風や消化不良の治療薬として製造されたものの、いつのまにやらアルコール飲料として飲用されるように。

今となっては驚きのありえない風習11。現在当たり前とされている習慣や風習の中にも、将来とんでもないもの扱いされてしまうものがあるかもしれません。

プレビュー画像:©︎Pinterest/vanillamagazine.it

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